
「ジュピター・ジュニア」
戦後の復興を経て経済の飛躍が始まった1960年代初頭、小型トラックの需要が急増。その市場はすでにトヨタ、日産に占められていたが、三菱はその頃好調であった一クラス上の中型トラック、ジュピターの技術を活かしてジュピター・ジュニアを1963年に発売。吊り目のヘッドランプやラップアラウンドしたウインドシールドなど、当時のアメリカ車に見られる要素を取り入れた個性的デザインは、嘱託デザイナーの金子徳次郎氏によるもの。

「初代デリカ コーチ」
デリカ・コーチ(9人乗り)は、1968年発売のデリカ・トラックの派生車としてライトバン、ルートバンと共に1969年に登場。当時としてはいち早く採用したカ-ブドグラスによる丸味のあるスタイルを特徴とし、クラス初の前席3人乗りを採用していた。乗用車的雰囲気のツートーン塗装は、当時先行して人気の高かったマツダ・ボンゴに習ったものかも知れない。

「ニューランサー・バン」
ニューランサーは、初代ランサー発売3年後の1976年にボンネット、フロントグリル、前後バンパー、リヤボディ(セダン)、テールランプなどを変更したビッグマイナーチェンジモデル。ぱっと見は変更前と大差ない外観であったが、この変更は北米でクライスラー社を通じてダッジ・コルトの3代目として販売を開始するためで、その販売台数は国内よりも多かった。

「ミニキャブ・ワイド55」
軽自動車の規格の改正に伴い、3代目ミニキャブを大規模マイナーチェンジしたのがミニキャブ・ワイド55で、1977年に発売。全幅はそれまでの1295mmから一気に100mm増えて1395mm、排気量は50cc増えて550ccとなった。この改正によって軽自動車全体の市場は急激に右肩上がりとなり、それは1990年にバブルが崩壊するまで続くことになる。畳屋のタイル張りの店構えが昭和を感じさせる。

「ミニキャブ・ワイド55 コスモス集配車」
株式会社コスモスは手動式自動販売機「ガチャガチャ」の元祖の一社であり、駄菓子屋などの店頭に置かれた販売機に、週に1度集配車で巡回を行っていた。このイラストの背景にその「ガチャガチャ」のあるお店が見事に描かれている。

「ランサーEX 1800 GSR TURBO」
1.8リッターエンジンと三菱重工製のターボチャージャーを組み合わせた、ランサーEXのハイパフォーマンスモデル。1983年モデルからはインタークーラーをを追加して最高出力160PS、最大トルク22.0kgf・mを発揮。軽量な車体を活かして国内のラリーで活躍した。

「初代パジェロ」
国内のRVブームを牽引し、ダカールラリーでは日本車初の総合優勝をはたした初代パジェロ。新設計のオフロード車であったがゆえに販売台数の見通しは極めて低く、世界中からかき集めた計画販売台数は2,000台/月で、事業を成り立たせるのに必要最低限であった。しかし、発売後にはそれが毎年倍増し、5年後には10,000台/月を達成。国内では、スポーツカーや高級車のユーザーがパジェロに乗り換えるという、これまでの常識を覆す現象まで起きた。

「スタリオン」
ランサー・セレステの後継車として開発されたスタリオンは、当初は大人しいスポーツクーペとして検討を進めていたが、提携先のクライスラー社から参考提案されたホットなデザインのモデルが引き金となり、企画はポルシェ924ターボを競合車とする、よりスポーツカー的なものに改められた。その結果、それまでの三菱車に無いホットでアグレッシブなデザインが採用されることになった。

「北米の三菱車あれこれ」

「ランサー・エボリューションの変遷」

「Mitsubishi Carisma」