機能美デザインの軽商用車

 

本多 潔

―― 軽新世代のデザインコンセプト

1981年ごろだったと思うが、私が所属するグループで軽自動車全車種の新しい世代のデザインコンセプトをまとめることになった。2ボックスの乗用車、1ボックスの商用車、そしてその中間に位置する1ボックスの乗用車を各々1/5のコンセプトモデルとして作ることになり、私は1ボックスの商用車を担当した。そのデザインは、商用車ということからシンプルでボクシーなデザインにしたのだが、出来上がってみるとこれといった特徴に欠け、我ながらこれはいま一つだと思った。それまで担当していたパジェロの仕事にまだ時間をとられていて片手間にやってしまったのか、それとも単に発想が枯れていたのかも知れないが、その辺りはあまりよく覚えていない。

筆者が担当した1ボックス商用車の1/5コンセプトモデル

2ボックス乗用車のコンセプトモデル

魅力的だったが企画として取り上げられなかった1ボックス乗用車

その後、2ボックス乗用車は5代目ミニカとして、商用車は4代目ミニキャブとして、各々正式プロジェクトに移行し、私は引き続きこの4代目ミニキャブを一人で担当することになった。乗用車のデザインならば先ずは少なくとも4、5人のデザイナーでのコンペとなるのが普通だったが、商用車となると大抵マンパワーは最小限となる。なかでも軽商用車は生産台数こそ多いが、大きな利益が見込めないこともあり、幹部の関心は低かった。従ってデザイナーとしてはある意味気楽にのびのびと仕事ができたともいえる。

―― 世界に通用するデザイン

さて、いざ仕事に取りかかるに当たり、初めにやったコンセプトデザインは全て忘れることにして、もう一度一からしっかり考え直すことにした。

ミニキャブは元々この分野で先行するダイハツ、スズキ、スバルを追いかける立場で、それは4代目の頃になってもあまり変わっていなかった。追いかける立場としては何か一歩先を行くものが必要だ。そこで先ず感じたのは、軽商用車はどのメーカーも押しなべて実用本位の安っぽい印象で、あまり車としての魅力が感じられないということだ。商用車は実用性優先であまりコストを掛けられないものではあるが、それでも実用的でありながら機能美を感じさせる魅力的デザインをやりたいと考えた。その意味では、たとえ国内市場中心の車であっても世界に通用するデザインにしたいと考えた。さらに個人的には、街のフラワーショップや菓子店などでお洒落に使えるカッコいいバンにしたいと思った。実際はバンとトラックでは、トラックの方がかなり市場は大きかったのだが、デザイナーとしてはより乗用車的なバンをカッコよくしたいと考えるのだった。

スズキ・キャリー、ダイハツ・ハイゼット

7代目スズキ・キャリー(左)  6代目ダイハツ・ハイゼット(右)

 

スバル・サンバー

4代目スバル・サンバー(左)  3代目ミニキャブ(右)


基本デザインは、先代ミニキャブに対してウインドシールドとリヤウインドウを立てて、室内スペースを大きくとり実用性を確保したレイアウトとし、その上で面処理や各部ディテールが洗練されたイメージを目指してスケッチを描き始めた。

―― 影響を受けた車

そうこうしている最中、自動車雑誌にヨーロッパで発表された中型トラック、フォード・カーゴが紹介されていた。この車は後にルノーのデザインのトップとなったパトリック・ルケマン氏のデザインで、トラックでありながらモダンでクリーンな面処理を持ち、機能美を感じさせる優れたデザインだ。私はこれぞ自分が目指していた方向だと感じた。そのサイドウインドウが前方で一段と低くなっている処理は、狭い農道を走るミニキャブでも役に立つといえる。

1981年発売のフォード・カーゴ

デザイナーたるものオリジナリティを大切にしなければならないが、一方で他車に影響を受けることはそれなりにある。こういうのを「パクリ」という言い方もあるが、参考にしたデザインのイメージに依存するか、それともそれを自分のデザインに取り込んで新たな表現にするかで、そこには大きな違いがある。元のデザインに依存してそっくり使ってしまえば「パクリ」で、元のデザインに触発されてそこから発展させれば「インスパイヤード(inspired)」で、元のデザインに敬意を払い、自分なりの味付けを加えれば「オマージュ(hommage)」といえるだろう。この時の私の場合は「インスパイヤード」だったと思っているが、どうだろう。

他車に影響を受けて世界的な名車となったデザインがある。それはピート・ブロックがデザインしたコルベット・スティングレイだ。GMのデザインのボス、ビル・ミッチェルはイタリアへ行った際、アルファロメオ・ディスコボランテとブガッティ・アトランティックに感銘を受け、撮ってきた写真をデザイナー達に見せて「これを参考にしろ!」と、極めて具体的な指示を出したのだ。そして、ディスコボランテのボディ全周をぐるっと回るラインと、アトランティックのルーフからリヤにかけて流れる”背びれ”をうまく取り入れたピート・ブロックのスケッチをミッチェルは採用し、それがコルベット・スティングレイのベースになった。これはまさにインスパイヤードのデザインだといえる。

コルベット・スティングレイ

アルファロメオ・ディスコボランテ

ブガッティ・アトランティック

―― ”Form follows function”

話を戻そう。ボディ全体はシンプルでクオリティ感のある面処理を追求した。トラックの荷台側壁に剛性上必要とされるプレスラインを車体全周に回し、バンの場合はそこにスライドドアのレールを収めることで、前後の統一感がある外観とした。バンはSAE規格の角形2灯式ヘッドランプを低い位置に収め、低重心イメージとし、トラックはランプベゼルを変えて標準丸2灯のデザインとすることで、バンとトラックのイメージを分けた。サイドウインドウを前方で一段低くしたことでウインドウグラフィックに特徴が生まれ、単調になりがちな軽商用車のデザインに特徴的魅力を加えることが出来たと思う。トラックのリヤホイールハウスはコストを抑えて作るために台形になるので、それに合わせて、フロントホイールカットも台形にし、前後の統一感を持たせた。これに関連してフロントドアのオープニングラインを実際の開口に沿わせて、先代モデルではドアパネルが必要以上に大きかった点を改善。デザインしながら建築家ルイス・サリバン( Louis Sullivan )の言葉”Form follows function”を思い出した。

最終デザインにほぼ繋がった最初の1/1テープドローイング

1/1クレイモデル

完成したクレイモデル

3代目ミニキャブ

―― トラックのリヤランプで後悔

この車で思い出すのは、トラックのリヤランプだ。普通トラックのリヤランプは最小限の大きさでシンプルな長方形にするものだが、私はここに何かしら特徴を持たせたいと考えて、ターンシグナルランプが外側に向かって半円形に膨らんだデザインにした。車が曲がる方向を形で表すことも”Form follows function”だと自分なりに満足していた。デザインが承認された数カ月後、試作車の検討会が開催され、それは生産に移る前に細かな手直しができる最後のチャンスだったのだが、私はそこでトラックのリヤランプを見て「あれっ?」と思った。半円形に膨らんだ部分には取付ネジがあり、その奥は台座になっていて、ターンシグナルランプが実際に光る形は長方形になってしまっている。ランプを安く作るための設計だ。『これではデザインの狙いが台無しだ!』と思ったが、私はその場でそう主張することができなかった。「もっとコストを掛けろ」と要求をすることに気が引けて、結局そのまま生産となってしまった。その後このリヤランプは、後継車の5代目ミニキャブのバンとトラックにも使われることになり、恐らく数10円のコストアップだろうが、あの時デザイナーとして主張しておくべきだったと後悔した。


 

ミニキャブトラック

 

―― 様々な国のミニキャブ

4代目ミニキャブは様々な国で販売された。台湾の中華汽車ではミニキャブとヴァリカ、中国の五菱(ウーリン)社ではドラゴン、インドのプレミア社ではロードスター・ピックアップ、インドネシアでは三菱・ジェットスターとして、各々現地のニーズ合わせて各部を変更された車が生産、販売された。さらにはアメリカではマイティ・ミッツの名でゴルフ場などでの限定的用途で販売された。

台湾の中華汽車のミニキャブ(左)とヴァリカ(右)

中国の五菱・ドラゴン(左)インドのプレミア・ロードスター・ピックアップ(右)

インドネシアの三菱・ジェットスター(左)  アメリカのマイティ・ミッツ(右)

国内では1984年から7年でトータル71万台を生産。これはけっこう成功した方だといえる。その中には第一次アウトドアブームを仕掛けるようなレジャーユースのミニキャブ・ブラボーの追加もあった。こうしてミニキャブが世界各国で様々な用途で使われたと思うと、一般の乗用車とはまた違った意義を感じる。

ミニキャブ4代目

輸出仕様のハイルーフバン

ミニキャブ・ブラボー・スーパーエアロルーフ

1989年に追加されたミニキャブ・ブラボー・スーパーエアロルーフ

2025年3月